日本三不動の一 ロゴ 瀧谷不動尊

瀧谷不動尊 霊験記の掲載にあたって

瀧谷不動尊 霊験記の掲載にあたって

-瀧谷不動尊霊験記から転載-

 昭和五十六年の酉年御開帳を記念して、瀧谷不動尊霊験記が出版されることになった。当山の霊験記としては、明治時代に、中興第一世高取慈恭和尚の筆になる「河内国瀧谷山 不動明王明治霊験記」上下二巻があるが、いまは一般にこれを見ることができない。そこで今般、これを再版かたがた、その後の明治・大正・昭和における霊験記のうちから、特に顕著なもの二、三を選んで続編として加え、新しく「瀧谷不動尊霊験記」として出版することになったわけである。

 ところで、このような霊験談が記録に留められ、かつ出版されるということは、案外少ないように思われる。それは霊験を頂くということが、安易なことではなく、且つ又、その当人にとっては真実として受け留めていても、これを他人に説明して見せるということが、非常にむづかしいという一面を持っているからであろう。特に内面的な、精神的な面における霊験などは、往々にしてその当人の胸中深くしまいこまれて、一般に広く伝えられることがまれである。したがって、顕著な例は、話にも記録にも残されやすいから別としても、ともかく霊験談は、それを頂いた時点において、なるべく詳細に、事実をありのままに伝えるよう、努力して記録しなければならない。その意味において慈恭和尚が、その当時の色々の霊験談を、手まめに記録し出版されたことは、大変に意義のある貴重な御事蹟であり、心から感謝に堪えないところである。この霊験記の出版によって、その当時の参籠者をはじめ、一般の信徒が、信心に指針を与えられ、どんなにか心に励みを加えられたであろうことは、計り知ることが出来ないのである。

 近時、「物豊かなれども心貧し」と言われる、この混迷の世に処して行く上において、われわれの心の支えとしての信仰は大切である。然しながら、ともすれば信仰と迷信との混同が見られがちなことは、まことに遺憾である。願くは現代の人々が、今こそ信仰についての正しい認識を持っていただきたいと、切に希うものであり、色々の霊験実話を通して、信心とは何か、信仰とは何か、はた又真の御霊験とは何であるかを、充分に会得していただきたいと思うものである。そして又、お不動様を信仰される皆様が、一心に恭敬礼拝することによって、自らが尊いこの霊験に浴されますよう、心から祈って止まないものである。

 尚、今回の編にもれた霊験談の中にも、色々と貴重なお話もあり、又その数も夥しいのであるが、これ等も是非、次の機会に上梓したいと思う。貴い体験談をお寄せいただいた皆様に対し、深く感謝いたします。

 原本の霊験記には、慈恭和尚の序文が附されていたが、今はないので、ここに霊験記出版、掲載についての意のある所を述べ、御協力いただいた各位に対し、深甚なる感謝の意を表する次第である。

昭和五十六年 酉年 年夏日

瀧谷不動明王時 住職 荒谷 実善 謹識

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