多くの方に親しまれている「般若心経」は、「空」を説くお経といわれることが多いですが、「空を悟る智恵」のお経といったほうが良いかもしれません。経文にある「般若波羅蜜多」というのが「空を悟る智恵」つまり「仏さまの智慧」のことです。
「空を悟る」と書くと「孫悟空」を思い出しますが、『西遊記』の中で孫悟空をお供として天竺へ旅をされた三蔵法師さまは、この「般若心経」の漢訳をした玄奘三蔵法師がモデルとなっています。唐の時代に約17年間、3万キロにも及ぶ旅をして多くの経典を持ち帰り、生涯をかけて翻訳をされたと伝えられています。
般若心経の後半部分には「諸々の仏さまはこの般若波羅蜜多によって無上の覚りを得る」のだと説かれ、最後の「ギャーテー ギャーテー ハーラーギャーテー ハラソーギャーテー ボージーソワカ」という呪文は、「一切の苦を取り除く般若波羅蜜多の真言」であると説かれています。
私が大学生のときに、講義中のちょっとした雑談でしたが「般若心経を唱えると、その日いちにち何か良いことがあるといわれているんです」と、先生から聞いたことがあります。その言葉のままに信じたわけではないのですが、しばらくの間は般若心経を唱える度に「今日は何か良いことがあるだろうか…」と少し気になっていました。
毎日のように唱えていると、当然のことですが「今日は本当に良いことがあった」と思える日と、「良いことは特に起こらなかった」という日がありました。そうして日々続けていると、次第に「自分が気づかないところで何か良いことが起きていたのかもしれない」と思えるようになっていき、またその「良いこと」も今の自分にとって「都合の良いこと」に過ぎないのだな、と気づいていきます。そうなると、良いことが一つも起こらない日にも、少々嫌なことが起きた日にも、いつも「前向きな心」でいられるようになっていきました。
仏さまの広大無辺な般若の智慧とは比較にならないほど小さな小さな智恵かもしれませんが、お金では買えない「こころの健康」を保つヒントを、般若心経からいただくことができたという自身の体験談です。
弘法大師さまは『般若心経秘鍵』という著書の中で、「仏法(仏さま・仏の教え・仏の智慧)は遥か遠くにあるのでなく自らの心中にある」、「真如(悟りの真理も)外にあらず」、「迷悟(迷いも悟りも)我にあり」、「明暗(悟りの世界も迷いの闇も)他にあらず」と繰り返しておられます。他の場所ではなく自分の心の中にあるのです。
日常生活の中で好不調の波は誰にでもありますが、「心のありよう」で大きく変わると思います。心に迷いある時は、苦しみを取り除く「ギャーテーギャーテー…」の真言を唱えて、ご自身の心の中の仏さまに問いかけてみてはいかがでしょうか。
執筆者
千葉県南房総市
真言宗智山派
勝蔵寺住職 田口秀明