大阪にある厄除け・祈祷の瀧谷不動尊 -Takidani Fudouson-


瀧谷不動明王寺

■所在地
〒584-0058
大阪府富田林市彼方
(おちかた)1762
■電話
(0721)34-0028(代)
(受付時間8:30-16:30)



護摩供とは

護摩供とは 〜ご本尊供養の儀式について〜

 お護摩はインド伝来の密教の秘法で、火を焚いて中に供物を投入れてご本尊を供養し、その加護を願う儀式ですが、弘法大師以来、真言宗で行なわれる儀式の中でも、一般に最も広く親しまれているものです。当山ではご信者の皆様の家内安全、商売繁盛、開運厄除、病気平癒などの祈願にお護摩をお勤めしております。

 『大日経』には、「火の本来の性質を知らない者の焚く護摩は本当の護摩ではない」とあり、護摩の火は如来の大智の光であると説かれています。また、この如来の大智火、ご本尊のお悟りの火は、人間の心中に巣くっている欲深い貪りの心、憎い腹立たしいという瞋(いかり)の心、あるいは物事の道理が判らずに愚痴ったり、くさったりする心、そしてこのような迷いの心を生ずるもととなる無明煩悩を薪として燃えあがり、焼きつくすのであると説かれています。

ですから、お護摩の功徳は、たんに世間的なお願いの成就を祈るだけでなく、この祈りを通して私たちの本当の生命(いのち)、迷いのないご本尊のお悟りを、自心に頂戴するところにあります。

さて、お護摩には外護摩(げごま)と内護摩(ないごま)とがあり、実際にお護摩が焚かれるときには、この二つの御護摩が修行されています。

外護摩は護摩供修行者(導師)が護摩壇に向かい、作法にしたがって焚くお護摩です。このとき、導師は火炉の中に招き入れたご本尊と一体となって、ご本尊の大智の火を焚いているのです。当山では護摩供修行にあたって、施主(信者)の方々にお加持をしております。これはご本尊と一体となった導師がさらに施主と一体となって、ご本尊のお徳を頂戴していただくための作法です。ですから、お護摩は導師一人が焚いているのではなく、施主の方々はお加持を受けることによって、お護摩そのものに参加しているのです。また、お護摩の火の中に、施主の祈願のこめられたお札を供ずるのは、願う心の中にひそむ迷いの心を、ご本尊の大智の火によって焼きつくし、真実の祈りがご本尊に通じることを祈るからであります。

次に内護摩とは、外護摩と平行して導師が心の中で行っているもので、ご本尊の大智の火で、人々のあらゆる煩悩と悪業を焼きつくし、人々とともに菩提への道を歩もうとするものです。

そこで施主の皆様も、導師の焚く護摩の火の中にご本尊の大智の光を観じて、その中で自らの迷いや煩悩を焼きつくすほどに祈りをささげていただきたいのであります。

真心の祈り、これがご本尊のご誓願にかなう道であり、必ずや御利益をいただける道であると信じる所以であります。

護摩供とは

護摩供とは
 当山は平安時代、嵯峨天皇の弘仁12年(西暦821年)に弘法大師が国家の安全と国民の幸せを祈るために開かれた道場で、本尊不動明王及び脇侍の矜羯羅(こんがら)童子・制吒迦(せいたか)童子との御三体は、大師一刀三礼の霊像としてうやまわれ、いずれも国の重要文化財に指定されています。
 もとは、今の境内から南約1kmの嶽山の中腹にありましたが、正平15年(西暦1360年)足利義詮の嶽山・金胎寺城攻めに焼かれ、この時、本尊と両童子はお滝の下に移されて、難をのがれました。その後どこからともなく一人の目の見えない老僧があらわれて、御本尊の霊験を説き、人々にすすめて小堂を建てて日夜礼拝していましたが、たちまち晴眼となって、いずくともなく立ち去ったといいます。これは弘法大師が御本尊の霊験あらたかなことを教えられたのであると、にわかに眼病平癒の霊像として信仰されることとなりました。その後寛正4年(西暦1463年)畠山政長・義就の嶽山合戦に再び兵火にかかりついに今の場所に移り、次第に復興し今日に至っています。
 古来「日本三不動の一」といわれ、俗に「眼の神様」「芽の出る不動様」あるいは「どじょう不動様」などと呼ばれてひろく信仰されていますが、商売繁盛、開運厄除、交通安全など、あらゆる祈願に不思議の御利益をいただかれる人々が多く、毎月28日の御縁日にはこれらの人々の御詣りで境内が賑わいます。
お不動様の御誓願は、人間の悩みの原因である無明(まよい)を断ち切って、ほんとうの幸せをおさずけになることにあり、私たちの真心が通ずるならば、どのような願いでも必ず一願は成就するといわれています。

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