大阪にある厄除け・祈祷の瀧谷不動尊 -Takidani Fudouson-


瀧谷不動明王寺

■所在地
〒584-0058
大阪府富田林市彼方
(おちかた)1762
■電話
(0721)34-0028(代)
(受付時間8:30-16:30)



霊験記 -心にあかりを灯す、ためになるお話-

「医士霊護(れいご)を蒙(こう)むり診察出張所を設けたる事」
明治二十三年頃
一新野村字四津 吉田玄省

2017年 3月26日(日)

 当山より一里程西南に一新野村字四津(いちしんのむらあざよつ)と云う所に吉田玄省(よしだげんしょう)なる名声の医士あり。此人(このひと)明治二十三年四月頃当山境内の接近地(となり)へ内外科診察出張所を設け、一日当寺(あるひわがてら)へ来り刺(めいし)を通じて拙僧(せっそう『※当時の高取慈教住職』)に面会せんことを求められぬ。困(よっ)て一室に引き面会せり。別段要用のあるにもあらでただ隣地へ来たりたる挨拶に過ぎざるものの如き。
 拙僧問(とう)て曰く、「斯(かゝ)る山間僻地(さんかんへきち)に診察所を設けられしは何の御見込みにや」と。労医答えて曰く、「其不審(そのふしん)一応(いちおう)御尤(ごもっとも)なり、これには所似(ゆえ)あることなれば今拙者より具(つぶ)さに披陳(おはなし)せんと思い居りしところ、拙者事昨年の末(すえ)つ方より両眼霞(かす)みて甚(はなは)だ不自由を感じ、それぞれ薬用したれど捗々(はかばか)しき利目(きゝめ)もなき困難せり。さりながら盲目と伝うにもあらざれば業務を廃する程にもなきものから、不自由ながら其日を過ぎにし。然るに折節に爽快なることあり。之を医術上より考えるに少しも合点(がてん)行かず。唯々不思議(ただただふしぎ)というの外(ほか)はあるべからず、と思いつゝ如何(いか)なる訳かと思慮を廻(めぐ)らし居る折柄、先般も当山の境内を通過し患者の家に往診せし其翌朝は、両眼晴々(はればれ)として誠に快よきに、翌日は元の如くになる。茲(ここ)に聊(いささか)気づき、其後当山を通過せし翌朝如何(よくあさいかが)と天(よ)の明くるを待兼試(まちかねこころ)みるに、矢張(やはり)爽快なるに就々(つくづく)既往(きおう)を顧慮(こりょ)せば、当山を通過せし其翌朝は果たして眼の爽(さわや)かなることの分かりし。

 拙者元来神仏を信仰すること冷淡なれば、当山を通過する折とても多く眼病人の信仰する不動尊なるにも不抱(かかわらず)、曽(かっ)て信心する心もなく、只路傍(ただみちばた)より黙礼して通過するに過ぎざりし。然るに当山を通過せし其翌朝に限り、必ず目の霞晴々(かすみはればれ)とすること誠に不思議というも愚(おろか)、不信仰(ぶしんこう)なる我等にても、御境内を只通過(ただつうか)せし其因縁(そのいんねん)を以て救済(くさい)し給(たま)える大悲(だいひ)のほど、茲(ここ)に初めて感佩(かんぱい)すると同時に信仰心を起こしたれ。されど自分の眼病は大患というにもあらず。殊(こと)に一日たりとも暇なき職業なれば、参籠(さんろう)又は日参する杯(など)も出来がたく、故に信心せん便りに此出張所を設け、業務の余暇(よか)を以て本尊礼拝せんと欲しての事のみと、其後は追々(おいおい)霞(かすみ)の薄らぎて今は晴眼(せいがん)も同様になりぬ」とて、最と嬉し気に又来りて伝わるゝよう、「実に当本尊の霊験の著(あらた)なる何とも敬服の外(ほか)御座(ござ)なく、拙者如き不信心者にても啻(たゞ)に境内を踏みたる計(ばか)りを因縁としてかゝる利益を施し給う、況(いわん)や発心懺悔(ほっしんさんげ)し信心参籠する人々に於てをや、と今日は左(さ)こそと思い候(そうろう)なり。返すがえすも思(し)一思(し)より有難きことにぞある」とて爾後当山(じごとうざん)の信者とはなられぬ。


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